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富永病院、大西啓靖記念人工関節研究センターの責任者として、1年前に着任いたしました私ですが、 そもそもこの世界に足を踏み込んだのは、私の母が股関節を痛め困って居りましたのが、きっかけ でした。股関節を治す医者になろうと大学への進学を決意しましたのは、高校卒業半年前のことで、大阪市立大学 医学部に入学し、卒業後、溢れんばかりの希望を抱いて昭和38年に整形外科教室に入局いたし ました。しかし、当時の治療の実体は、股関節に著しい破壊と痛みがあり、歩行が極めて 困難な症例に対しても、治療法としては、骨切り術、骨頭切除術、関節固定術以外に優れた 治療法もありませんでした。また、手術後も股関節の痛みを十分に取り除くこともできず、 普通の生活に復帰できないばかりか、手術後は、かえって悪化する症例も少なくないような状態 を目の前にして、絶望感を抱きました。 |
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大西 啓靖(おおにし ひろのぶ)
生年月日:昭和10年7月13日生(大阪) | |
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その頃、フランスの医学界では、単発的ではありますが、非常にユニークなアイデアが生み出されて おり、股関節の優れた治療法を見つけ出すためにも、そのユニークな発想法を勉強したいと思い、 フランスに留学することを決意致しました。 昭和43年に渡仏した時、パリで開催されました国際整形外科学会に出席する機会を得ました。 その時股関節手術のシンポジウムに於て、人工股関節の生みの親であるイギリスのDr.チャンレーと スイスのDr.ミュラーが、人工股関節の3年間の成績について発表していました。これを聞いた時、 目から鱗が落ちるように驚き、これこそが股関節外科における革命的な治療法であることを確信 しました。しかし、これを更に改善し、更に優れた人工関節を作り出すためには、生体材料と バイオメカニクスの研究が必須であると考え、2年間の滞仏中にヨーロッパの種々の病院や 研究機関を訪ねる機会を持つことができました。 帰国後は、工学関係の人達と共に研究グループを作り、基礎から研究を始め、今日に至るまで、 人工関節の臨床と研究に専念して参りました。この仕事に可能な限りの情熱を注ぎ、より良い材料で、 より良い技術で、より良い方法で、より患者さんのためにと願い、私の一生をかけてきました。 そして34年間に渡っての、私たちの人工関節の臨床と研究の成果は、国内外の多くの国公立の 研究機関、企業の研究所、また多くの大学の医学部、歯学部、工学部などからの絶大なる ご協力をいただき支えられて、幸いにもここまで歩んでこれた事を常に感謝いたしております。 最後になりましたが、私が国立大阪南病院を退官した後、富永紳介理事長(富永病院)の 暖かい御好意により富永病院内に大西啓靖記念人工関節研究センターを新設していただきました 事を心より感謝申し上げますとともに、この御好意に応えるためにも、今までの成果を基に、 今後更に臨床と研究とを共に発展させ、日本の医療に貢献いたしたく心より願って居ります。 | |
| 大西先生の略歴 |
| 人工関節手術を受ける前に知っておきたいこと |
日本アパタイト研究会 アパタイトフォーラム誌 No.1 「私とアパタイト」 大西啓靖 |
「バイオセラミックス」 |
「人工関節はここまで進歩している」 |
「界面バイオアクティブ骨セメント手技手術について」 |
「界面バイオアクティブ骨セメント手技」の映像
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「超長期耐用をめざしたインプラントと骨との固着を語る会」 |